<第九回>
宇宙航空研究開発機構 SELENEプロジェクトチーム
研究員 木村 淳

「かぐや」は打ち上げから9か月余り経った今もなお、沢山の観測データを着実に地球へ送り続けています。「アポロ以来最大級」と言われる「かぐや」は、あらゆる視点で月を調べるために様々な観測機器を満載しています。ひとつの天体の成り立ちや歴史を知る上では、表面の地形や物質化学的な特徴、そして電磁気的環境などに至るまで多角的に調べることが重要です。「かぐや」はそれらを出来る限り一気に調べ上げてしまおうというわけです。

しかし、全ての観測機器がいつも観測をし続けられるわけではありません。「かぐや」が持つ電力は無限ではないですし、獲得した観測データを収めておくレコーダーの容量にも限りがあります。また、「かぐや」が月を周回する間には太陽光が当たらず発電できない時期があったり、軌道を定期的に修正するため観測を一時停止する必要があるなど、観測の制約になる事象が色々あります。これらを無視して好き放題に観測を行ってしまうと、最悪の場合には観測機器が壊れてしまったり、衛星全体が致命的なダメージを受ける可能性もあります。いつ、どの機器が、月のどのあたりを観測するのか、そのスケジュール立てには、そうした様々な制約を踏まえた上での綿密な調整が必要になります。私の属するチームは、各機器がそれぞれに立てた観測計画をひとつの時間軸にまとめ、不整合がないかチェックし調整する作業を担当しています。

「かぐや」の目的は、月の成り立ちと進化の解明に繋がる様々なデータを得ることです。そのために最も重要なことは、限られた条件の下でいかに効率よく観測を行い、質の良いデータを得るかという点に尽きます。「かぐや」は1年間にわたって定常観測を続けますが、目指す観測内容を十分に達成するためには、1年という時間は決して余裕ある長さではありません。観測条件は月・地球・太陽の位置関係によって時々刻々と変化するので、やみくもに観測しては科学的価値のあるデータが得られません。我々は各観測機器のグループと連携を取りながら、観測の好機を逃さぬよう、そして衛星を壊すことの無いように注意深く計画を立てています。ミッションが行われる間には色々とイレギュラーな事もありますが、経験豊かな諸先輩方や開発メーカーの方々の協力を仰ぎながら、今まで着実に観測を進めることができました。

私がこのチームに入ったのは、「かぐや」の打ち上げ直後のことです。それまでは、探査機が得たデータを使って数値シミュレーションなどをしながら天体の進化を研究する理論畑にいました。そんな私が急遽、衛星運用の最前線へ入ったことで最初は当惑もありましたが、これによって観測データを取る側と使う側の両方の立場が分かる貴重な機会が得られたわけです。観測計画の調整という作業を通して、「かぐや」がこの先どのような観測を行うのか、その全体を見渡せるウマ味があるとともに、天体を探査しデータを得ることの困難と達成感を肌身に感じています。惑星科学という研究分野においては、探査機を天体まで持って行ってデータを取り、それを自ら分析することで天体の謎を解き明かす、という自前の循環が重要ですが、残念ながら今の日本ではそれを育む土壌がまだ十分に肥沃とは言えません。「かぐや」はその土を一気に耕し種を植える存在です。「かぐや」は無事に月を周回する軌道へ到達し、観測データの取得という花を咲かせました。そして今後も「かぐや」の飛行と月の観測は続き、科学的成果という大きな実りに向けてデータの解析が進められています。少しでも価値の高い実を少しでも多く手にできるよう、我々は貪欲に、そして慎重に作業にあたっています。ご期待下さい。

2008年7月