【「かぐや」の成果 ~ お知らせ 2013.3月 】
本内容は、2013年 3月に、米国の科学雑誌Journal of Geophysical Researchに掲載された論文「Viscoelastic deformation of lunar impact basins: Implications for heterogeneity in the deep crustal paleo-thermal state and radioactive element concentration (Shunichi Kamata et al.)」に関するものです。
月表面の物質分布をもとに、月面は1)斜長岩質高地、2)南極エイトケン盆地、3)表側の海の地域、という3つの特徴的な地域に大別することができます。その特徴から、各地域は異なる熱進化史を経ていると考えられていますが、定量的にどのような違いがあったかについて、また、熱源となる放射性元素の地下分布については殆どわかっていません。
衝突盆地(巨大なクレーター)は表面が凹んでいるだけでなく、その地下にマントル隆起があることが重力場観測から分かります。盆地の深さやマントル隆起の高さは、地殻やマントルの弾性によって維持される効果と、粘性によって緩和していく効果の兼ね合いによって決まり、時間と共に減少していきます。この粘性緩和に要する時間は内部の温度構造に強く依存するとされています。したがって、観測可能な地形・重力場から推定される衝突盆地の現在の粘弾性状態は、過去の月の熱史を直接反映する数少ないものの一つといえます。
そこで、本研究では月周回衛星「かぐや」によって得られた月全球の地形・重力データから衝突盆地の構造の長期粘弾性変形を解析することにより、上記三地域の熱史及び地下の放射性元素濃度についての制約条件を導きだしました。
図は衝突盆地が形成した時期における地温勾配の上限値を示したものになります。この図から、斜長岩質高地の中央部付近は、とても冷たい内部構造を必要としたことがわかります。このことは、月裏側の高地の厚い地殻は放射性元素に枯渇しており(トリウム濃度は0.5ppm以下と計算されます)、トリウムに富む南極エイトケン盆地の地殻とは異なっていると考えられます。その一方で、表側の海の地域の地殻においては、大きなトリウムの濃度(6ppm)が許容されることが分かりました。
このように、トリウムのような放射性元素の分布が表面で観測されているのと同様に地殻深部においても地域毎にばらつきがあることが示されました。その原因としては、初期マントルの転覆や地殻が非対称に成長したことなどではないかとの推測が可能であり、これらについて調べることで月の成り立ち等に関する知見がより深まることが期待されます。
図 衝突盆地が形成した時期における地温勾配の上限値を示した図。月裏側の斜長岩質高地(FHT-An)地域で地温勾配が一番低く、表側の海の地域(PKT)において高い。