【「かぐや」の成果 ~ お知らせ 2013.7月 】
本内容は、2013年7月23日付けで米科学雑誌「Journal of Geophysical Research, Planet」に掲載された論文「Estimation of the permittivity and porosity of the lunar uppermost basalt layer based on observations of impact craters by SELENE (Ken Ishiyama et al.)」に関するものです。
本研究では「かぐや」によって観測されたデータを用いた新たな手法により、月面の堆積した溶岩流の誘電率及び空隙率を導出した結果を報告しました。
誘電率は物体が周囲の電磁波から受ける影響を表す重要なパラメータの一つであり、岩石の密度や組成などの要因によって変動します。これまで、アポロ計画によって測定された玄武岩の平均的な誘電率は4から11であるとされており、この値をもととして、その後のレーダーによる観測結果が解釈されてきましたが、この値が月の全ての地域において正しいかどうかについての検証は、十分にされていませんでした。
そこで本研究では、「かぐや」搭載の地形カメラ、マルチバンドイメージャ、月レーダーサウンダ、の三種類の観測機器によるデータを用いて、以下の方法により、堆積した溶岩流の誘電率を導出しました。
溶岩流の平均的な誘電率は、その厚さ(図中のd)と、見かけの深さ(※1)との比から計算されます。ここで用いられる溶岩流の厚さ情報は、二種類のクレータ(ハロー(※2)有りと無し)における掘り返した深さ(図中のピンク色の領域の深さ:dh とdnon)から制約します。つまり、ハロー無しクレータは、上部の溶岩流だけが掘り返されていますが、ハロー有りクレータは、下部の溶岩流まで掘り返されているため、これらのクレータでの掘り返した深さを調べることで、上部の溶岩流の厚みを制約できます。この時、ハロー有りクレータの周りには、下部の溶岩流の物質が堆積しているため、マルチバンドデータから月面上の鉄とチタンの含有量を特定することで、二種類のクレータの識別も行えます。クレータの掘り返した深さの情報は、クレータの直径を高分解能な地形カメラの画像から決定することで得られます。一方、見かけの深さの情報については、月レーダサウンダのデータから、クレータ周辺での表面と地下境界面での反射波の遅延時間差(図中のΔt)から導かれます。
このようにして得られた誘電率は、「湿りの海」の堆積した溶岩流で2.8から5.5、「晴れの海」の堆積した溶岩流で4.2から18.0となりました。また、これらの値から、上部の溶岩流の空隙率が、それぞれ「湿りの海」において19から51%、「晴れの海」で0から33%と推測されました。
今回開発された手法を用いることで、数百メートルの深さに及ぶ月面上層の地質に関する情報が得られることとなりました。また、この手法が月だけではなく他の惑星や衛星、小惑星等の探査においても有用ではないかと期待されます。
(※1)「見かけの深さ」とは、レーダー観測から同定されるものです。かぐや衛星に搭載された月レーダーサウンダから放射された電磁波は、月面と地下境界面で反射し、それらが、かぐや衛星までまた戻ってきます。このとき、月面で反射した電磁波に比べて、地下境界面で反射した電磁波は、Δtだけ遅れて戻ってきます。この時間は、電磁波が上部の層を往復した時間に相当します。見かけの深さとは、その片道分の時間(Δt/2)に、電磁波の真空中での伝搬速度(光速)を掛けたものです。
(※2)「ハロー」とは、複数の溶岩流からなる地域でクレータができる際に、下部の溶岩流が掘り起こされて、その物質(上部の溶岩流とは異なる物質)が、クレータ周辺にまき散らされ形成される模様をいいます。一般的に、このまき散らされた物質のことをイジェクタと呼びます。