【「かぐや」の成果 ~ お知らせ 2013.9月 】
本内容は、2013 年9月13日付けで米科学雑誌「Geophysical Research Letters」に掲載された論文「A new
type of pyroclastic deposit on the Moon containing Fe-spinel and chromite」(Satoru Yamamoto et al.) に関するものです。
本論文は、「かぐや」に搭載された「スペクトルプロファイラ( SP )」で取得された可視近赤外連続反射
スペクトルデータによって発見された、月の新しいタイプの火山砕屑物について報告したものです。
SP の全データ(約7,000 万点で取得された反射スペクトルデータ)に対するデータマイニング解析を行っ
たところ、月面上では通常観測されない特殊な反射スペクトル特性を示す領域が、月の表側の中央付近に存
在することがわかりました。その反射スペクトルの大きな特徴としては、可視吸収(波長0.6-0.7μm 付近の
吸収)と、非常に深い2μm バンド(波長2μm 付近の吸収)とを併せ持つことです(図1 )。この特徴は月の
主要鉱物である斜長石やカンラン石、輝石とは大きく異なるものでした。
さらに地形カメラやマルチバンドイメージャによる詳細な解析を行った所、これらの特殊な反射スペクト
ルが見つかる場所は、今から32 億年以上も前に形成された、熱の入江と呼ばれるダークマントル堆積物(爆
発的な噴火によってマグマの飛沫が堆積した火山砕屑物。周囲よりも暗いため「ダーク」と呼ばれる。)の上
であることがわかりました(図2)。
実験室で測定されている様々な鉱物の反射スペクトルデータと比較した所、これらの反射スペクトルの特
徴をもっとも良く説明するものは鉄やクロムに富むスピネルであり(図1)、熱の入江の堆積物の中に、そう
いったスピネルが大量に含まれていると考えられます。
一方、月面上には多くのダークマントル堆積物が存在しますが、熱の入江以外ではスピネル自体見つかっ
ていません。実際、これまで月探査観測で見つかっているマグネシウムに富むスピネルは、衝突クレーター
や巨大衝突盆地の中に限られています。
つまり、今回発見された鉄やクロムに富むスピネルを含む火山砕屑物は、月の上ではこれまで見つかって
いない新しいタイプのものであり、熱の入江は月面上の火成活動に関係する場所の中でも極めて特殊な領域
であるといえます。
最近の室内実験により、アポロ探査で回収されたグリーンガラス(数100km より深い場所のマントル物質
が溶けてできたと考えられている緑色のガラス球)組成の物質と月の地殻を形成する斜長岩が、地下10km
より深い場所で反応することにより、鉄に富むスピネルが形成されることが報告されています。このことか
ら、32 億年以上も大昔にマントルの深いところで生成されたマグマが上昇し、地殻の底で一時的に滞在する
ことで鉄やクロムに富むスピネルが生成され、その後表層に噴出し熱の入江を形成したと推察されます。
将来、熱の入江からサンプルリターンを行うことで、月のマントル・地殻の組成と熱的進化に関する重要な
知見が得られることが期待されます。
当該のデータ処理は、LISM/SP 機器チームが実施しました。
図1 : SPで測定された熱の入江の反射スペクトルデータ(赤線)。室内実験室で測定された鉄に富むスピネルの反射スペクトル(青線)と比較すると、可視吸収、1μmバンド、2μmバンド(3本の縦点線)で見られる吸収特性と傾向が似ているのがわかる。一方、他のダークマントル堆積物(タウルス・リトロー)の反射スペクトル(緑)とは特徴が大きく異なる。
図2 - 左図 : SPにより特殊な反射スペクトルが見つかった場所(赤丸)。背景の図はかぐや高度データ(紫→青→水色→黄→オレンジの順で標高が高いことを示す)。右図 : 左図の点線で囲まれた領域について拡大したもの(背景は地形カメラによるモザイク画像)。黒っぽい領域が熱の入江と呼ばれるダークマントル堆積物。特殊な反射スペクトルの検知地点(黄色丸)が熱の入江に集中しているのがわかる。