【「かぐや」の成果 ~ お知らせ 2017.2月 】





【「かぐや」が観測した「地球起源の酸素イオン」】


    本内容は、2017年1月31日付けで英国科学雑誌「Nature Astronomy」に掲載された論文「Biogenic oxygen from Earth transported to the Moon by a wind of magnetospheric ions (Kentaro Terada et al.) )」に関するものです。

    地球は、地球磁場によって太陽風や宇宙線から守られています。太陽と反対方向(夜側)では、地球磁場は彗星の尾のように引き延ばされ、吹き流しのような形をした空間(磁気圏)が作られ、その中央部には熱いプラズマがシート状に存在している領域があります(プラズマシート 図1、図2参照。ここにも詳細な解説があります)。月は約28日かけて地球の周りを一周しますが、そのうち約5日間はこの磁気圏の中を通過し、さらに数時間〜半日だけプラズマシートを横切ります。

    今回私たちは、月周回衛星「かぐや」搭載のプラズマ観測装置が取得した、月面上空100kmのプラズマデータを解析し、月と「かぐや」がプラズマシート(図2のシャドー部分)を横切る場合にのみ、高エネルギーの酸素イオン(O+)が現れることを発見しました(図3のスペクトルの赤線部分 約104count/cm2/secに相当)。これまで、地球の極域から酸素イオンが宇宙空間に漏れ出ていることは知られていましたが、本研究により、「地球風」として38万km離れた月面にまで運ばれていることが、世界で初めて明らかになりました。

    特筆すべきは、検出したO+イオンが1-10keVという高いエネルギーをもっていたことです。このようなエネルギーの酸素イオンは、金属粒子の深さ数10ナノメートルまで貫入することが可能です。酸素には質量の異なる16O, 17O, 18Oの3種類あることが知られていますが(これを「同位体」と呼びます)、これまでアポロ計画で採取された月表土の表面層(深さ数10〜数100ナノメートル)の酸素には、「月本来の酸素同位体成分」以外に、「16Oだけ多い成分」と「16Oだけ少ない成分」の2成分の存在が指摘されていました(Hashizume et al. 2005; Ireland et al. 2006)。この「16Oだけ多い成分」は太陽風起源であることが2011年のNASAのGENESISミッションによって報告されましたが(McKeegan et al. 2011)、「16Oだけ少ない成分」の起源についてよくわかっていませんでした。今回の「かぐや」による観測は、地球のオゾン層に見られる「16Oだけ少ない成分」が地球風として月面に運ばれ、月表土表面の数10ナノメートルに貫入している可能性を示す観測的な証拠として非常に重要な知見となります。

<研究者のコメント>
     「お月見」、「かぐや姫」、「潮の満ち引き」など、私たちの暮らしにとても馴染み深い「月」。惑星科学的に見ると、衛星/惑星比の非常に大きい特異な衛星であることがわかっています。このような大きな月が地球の周りを公転することにより、生命を育む地球環境が安定に維持されていることは知られていましたが、そうした生命活動(光合成)で作られた酸素が「地球風」として38万km離れた月に到達し、月の表層環境に影響を与えているという知見が得られたことは、我々自身、驚きでした。今回の研究成果をきっかけで、多くのみなさんが、自然(科学)への畏敬の念や興味関心をもってもらえたら大変嬉しく思います。


 


図1:太陽と地球磁気圏と月の位置関係の概念図(黄道面を真横から見たところ)



 
図2:今回、プラズマ観測した時の地球磁気圏と月の位置関係(黄道面を真上から見たところ)


 
図3:「かぐや」が観測した酸素イオンのエネルギースペクトル。
プラズマシート通過時に、103-104eVの有意な酸素イオンを検出


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